東行記



昭和9年3月21日
山頭火は終生の庵(住処)としていた其中庵を出て、またまた、行乞の旅へ・・・・
(やはり、どこにいても落ち着けないようですね)

ふりかえる椿が赤い      別れて春の夜の長い橋で

「私は出立しなければいけない、
いや出立せずにはいられなくなったのだ。」

3/22、徳山から室積(山口県)
3/23宇品着(広島市の大山澄太居へ泊)、
3/25三原丸(汽船)に乗り神戸へ

神戸からは日記をつけていないのは、
この旅は主に友人達を訪ね、居に世話になるばかりであったようです。
要するにご馳走にあって、当然、酒に酔ってばかりでもあったようですね。

京都〜名古屋〜木曽路〜・・・急性肺炎となり入院、病院を抜け出して
4月末〜山口県小郡の住処、其中庵へ戻っています。


そして4年前の九州地方行乞のように、
またも9月に(11日)に広島〜尾道方面へ出立するのです。

またひとりとなり秋ふかむ道               笠へ落ち葉の秋がきた
   
座れば風がある秋の雑草

9/21  西条(現在の東広島市)にて・・・
有名な酒処ですね。山頭火が好きそう!v(^о^)v


賀茂鶴               亀齢             白牡丹

山頭火が好きそう・・・ですが、西条に来て雨にたたられ、思うように行乞が・・・。
     つまり、ココへ来てお酒を飲む、お金が無い・・・(>_<)

「関西第一の酒造地に泊まって、酒が飲めないとは・・・・
宝の山に入りながらの嘆なきにしもあらずだった
(財布には5厘銅貨が六銭あるだけ)」

9/22雨あがり、晴れて、行乞!v(^о^)v

日記にはありませんが、ある友への便りにこう書いています。

昨日は雨中行乞をしましたが、やっと泊まって食べただけ、
賀茂鶴も亀齢も白牡丹もその煙突を観るばかりでした、
今日は山も良かったし、行乞相も所得もよかったし
3日振りに入浴もしたし、一杯やる余裕もあったし、・・・・
まずは、このあたりが山頭火相応の幸福でありましょう!




山頭火 FILE

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