氷川町の石橋(1)


宮原町の石橋
宮原町は2005年より竜北町と合併し氷川町になりました。

   
旧薩摩街道の町並みが残っています。
郡代御詰所目鑑橋
氷川から利水された用水路にかかっていま
す。以前はもう少し下流の薩摩街道筋にあっ
たものですが、こちらに移設されました。
明神目鑑橋
郡代御詰所目鑑橋のすぐ上流、国道443号線を挟んでいます。わずかに見える輪石。
現在は、神社に通ずる橋ですが、昔は交通の要所だったようです。


立神の石橋 
2005/5/25取材
(種山石工列伝ー東陽村石匠館10周年記念刊行本)を参考に、訪ねてみました
実は・・・我が家に一番近い石橋なんです。(わずか600m!)
でも、その姿を観るのは、困難です・・・。
国道443号線を東陽村へ  カメラ抱えてウロウロしていると、親切なご夫婦が教えてくれました 
「昔、広げたから」とおっしゃてました。でも・・見るには・・・ここから降りるんですかぁ?
降りて竹薮を抜け、川というより、沢を登ると凝灰石の一枚岩が・・・その先にありました!  
幅が広い石橋?上流部分の半分はコンクリートで拡張されていますが、残りの石橋部分は、
なんと新旧の石橋2つが (^о^)v ジョイントしているようです。下流部分が比較的新しい石橋のようです。
こんなの初めて見ました↑





鏡町の石橋

 
鑑内橋

鏡町唯一の石橋です。
氷川流域では一番下流の石橋です。
 
看板の内容は次の通りです

鏡内橋
 この橋は、文政13年、1830年頃、種山(現、東陽村)の石工、岩永三五郎が造ったといわれており、現在、町内に
残っている唯一のめがね橋です。橋の長さは7.2m、幅2.8m、径間5.5mです。
 鏡(鑑)町と内田村を結ぶところから、鑑内橋と呼ばれ、江戸時代には八代〜松橋間を結ぶ、下往還の要所でもあ
った。明治10年の西南の役の日奈久南の洲口に上陸して北上する官軍と、熊本城攻めの薩軍から派遣され南下す
る官軍とが初めて出会った場所で、その情報によって、薩軍は氷川の線に陣地をかまえ両軍が戦いを交えました。
 石橋の老朽化に伴い、平成6年に修復されました。・・・・。

石橋探訪 FILE

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