津奈木町の石橋

津奈木(つなぎ)町の石橋




薩摩街道は難所の津奈木太郎峠を超えて南下し、津奈木町を通ります。
起伏ある地域で、流れる川は比較的小さいのですが急流で、海も近く、
水害時には、甚大な被害を与えます。
石橋のいくつかは過去の水害によって、失われた・・・という話もききました。

重盤岩目鑑橋  1848年
大きく力強く感じます。欄干もそのままで、
このあたりの石橋では、代表的な橋です。
中村目鑑橋 1850年
アーチ形状は、重盤岩目鑑橋と似ています。
浜目鑑橋
海に近い街中にあり、輪石だけの小さな橋です。昔はこ
のような橋が「あっちも、こっちもあった!」そうです。
寺前目鑑橋
目立ちませんがコンクリートの補強は、この橋より少し浮いていて、石橋に加重がかからないようです。
内野目鑑橋

民家の裏側にかかっていて、個人所有の橋のようで
す。補修の跡が痛ましいです。
中尾目鑑橋   1853年
2003年の水害の時の傷跡を補修しています。崩壊寸前でした。あの忌まわしい水俣市での大水害の時、この地区でも被害は甚大でこの橋が見えなくなるまで増水し、隣に見える家屋も床上まで浸水したそうです。
金山目鑑橋
昔ながらの形を保っているようです。渡っているこの人
は誰? 先ほど見なかった?・・・かな?(^。^)
新村目鑑橋
個人宅の前に架けられたような、小さな橋です。
地元の人にも、ほとんど知られていないようです。
瀬戸目鑑橋
昔は薩摩街道の主要道路だったのですが、
道が変わった今では、通る人はいません。

2003年夏、大水害の後に、この場所を通った際に、
中尾目鑑橋が崩壊寸前のところを実際に見ました。

バラバラと両側の積み石がえぐられ落ちていました。、
このHPをUPし石橋を取材しようと思ったときには、
「あの橋は、もう無くなっているいるかも知れない・・・」と思ったものです。
石橋の資料文献などの写真と現在の様子は違って見えるのはそのせいです。

ほかの橋にも思いを馳せれば、東陽村の笠松橋も同じような被害を受け
過去に修復されています。

人を渡し、時代と重さに耐え抜いて、自然の驚異にもさらされながら、
現在も力強く残っている石橋に哀愁さえ感じます。



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