熊本市内の石橋
2005/9/20取材

熊本市から西にある金峰山中腹からみた熊本市です。
左奥方向に阿蘇山が続き、真ん中あたりの緑地の中に熊本城があります。


熊本市内には石橋が意外と少なく、そのほとんどが明治以降のものです。
城下町では、石橋は直ちに取り壊しが難しく、江戸時代はほとんど造られなかったようです。


管理人所有の、明十橋の紀銘いりの一升とっくりです。

明十橋
1877(明治10年)架橋

坪井川にかかり、その名のとおり明治10年に橋本勘五郎が手がけた橋です。
後の時代に補強が施されて現役の橋として、今でも市街地の交通を支えています。


明八橋
1875(明治8年)架橋


明十橋の下流にあります。現在は新しい橋にその役目を譲っています。
橋本勘五郎が明治8年に手がけ橋で、こちらもその架橋年が橋の名前の由来です。


第一高校の石橋

熊本城内にありますが、周囲の石垣同様の景観を保っています。
外観は石橋のようですが・・・構造はコンクリート橋のように見えます。

大井出橋
1902年・・・架橋


大井出川に架ります・・・街の中に溶け込んでいる・・・というより石橋の説明、案内板も無く
忘れ去られようとしているような橋のようです。

中松尾橋



南熊本駅近くの公園にある石橋です。こちらに移設されたとのことですが・・・・案内板もありません。
元は、どこにあったのでしょうか?移設されたにしては、なんとなく古格があります。

鮎帰り橋
                                            新旧の石橋がジョイント↑

熊本市の西側・・・夏目漱石の小説に出てくる「峠の茶屋」を超えて河内町に行く途中の岩戸川に架ります。
石橋はかつて30%ほど新しい石橋が足され、近年は鉄骨にて拡張補強されているようです。

★噂の旅人★Mark@熊本★

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